ハンコを押したのは私ですが、よく中身を見ていなかったので。 2016年10月

めくら判とは、文書の中身を検討もしないで承認の印を押すこと…日本俗語辞典より

タイトルの言葉は、世間の注目を浴びている豊洲市場で以前に市場長を勤めていた人がTVのインタビューに応えていた言葉だ。

曰く「何故、盛り土がなされなかったのか?」

曰く「誰が決めたのか?関係者は誰も疑問を持たなかったのか?」

事実の解明はさておき、僕が問題にしているのは、冒頭の市場長の言葉だ。

当に、無責任の極みとも言える言葉だ。

この元市場長の言葉からは、責任者としての当事者意識も責任感も、増してや気概など微塵も感じられない。

このような無責任な人が組織の長として位置づけられていたことに唖然とするばかりである。毎日、山ほどの決裁事項を処理しているので、細かいことはわからないし、チェックの仕様がない、そんな反論が返ってくるような元市場長の言葉だ。

この言葉を耳にしたとき、僕は自分が課長の内示を受けた時のことを思い出した。

もうずい分昔のことだけど、その時のことは鮮明に覚えているし、僕の身体に沁み込んでいる。

そのとき僕は係長だった。

上司の部長に呼ばれ、席に伺うと「寺岡係長、ちょっと向こうで話をしようか!」と言われたので、僕はやや緊張気味に部長の後を続いて奥の会議室に入った。

「まぁ、座れよ!」と部長は笑顔で僕に声をかけたが、それが余計緊張感高めた。

「失礼します。」とおずおずと席に着いた僕に、部長は「寺岡係長、課長昇進が決まったよ。おめでとう!」と言いながら部長が手を差し伸べてきた。

僕は嬉しさと緊張感がない交ぜになりながらも部長の手を握り返した。

その席での部長が僕に語ってくれたことで、その後の僕が肝に銘じてきたことがあった。

「課長と係長では自ずと仕事の範囲も役割も変わってくる。ひとつだけしっかり聞いて欲しいことがある。それは、「権限と責任は一体だ」ということだ。わかりやすく言えば、これまでとはハンコの重さが違うということだ。課長として寺岡がハンコを押した瞬間から責任が発生する。これからは寺岡のデスクには毎日、決裁伺いや出金伝票、支払い依頼書、案件伺い、その他諸々の書類が回って来る。そのとき、どんなに忙しくとも、時間がなくとも「めくら判」だけはしてはいけない。

ピンと来ない決済伺いや伝票、その他諸々の書類、数字に違和感、唐突感のあるもの、自分なりの判断基準を持って臨んで欲しい。」

このとき部長から言われた「権限と責任は一体」という言葉はその後、課長職を努める中で何度も反芻する言葉になった。

その後、部長職、役員と重ねてきたが、その都度自分に言い聞かせる言葉になった。

聞けば都庁の場合、昇進スピードは最速だと35歳前後で課長となり、学閥や国家公務員と異なり、所謂キャリア採用という制度はなく、昇進はすべて試験だそうだ。

だから努力次第で誰しも昇進の可能性はり、水道検針員から副知事まで昇りつめた人もいたそうだ。

しかし、局長級の市場長の冒頭の言葉で役職への信頼感は消えてしまったと言っても言い過ぎにはならない。

長たる者は「男気」と無責任な「知らぬ、聞いていない、見なかった」という言葉を口が裂けても言わぬことに尽きる。
言い換えれば、結果に責任を持つということだ。
大切なのは様々出現する事態、事案を具体的に解決する努力をし、他事に責任を負わさないことだ。

旧陸軍の「作戦要務令」の言葉がある。

「指揮官(長)は高邁なる徳性を備え、部下と苦楽を倶にし、剣電弾雨の間に立ち、勇猛沈着、部下をして富獄(富士山)の重きを感じせしめざる べからず。」とある。

長たる自覚なき長は退場せよ!

  

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